古のかをりに”聞く”日本の心~【天下取りの香り?】~

こんにちは。ライフスタイル部門・香あそびを担当するKubota Hiroです。
香りを発する木、香木をご存じでしょうか。
香木というのは木そのものです。


東南アジアに自生する樹木のうち何等かの事情で幹に傷がつくことがあります。
例えば、風や虫などで。その時、樹木は自身を守るため樹液を出します。
その後何百年か経って、木の生涯を終え、倒木となり、地面の中でバクテリアなどによって
分解され、樹液の染みついた木質のみが残る…これが沈香です。


これは、世界広しといえども東南アジアから南アジアにかけての森林でしか発見されておらず、
同種の樹木がたとえばオーストラリアで発見されたとしても、香りが発生することはなく。
つまり樹木とその生育している気候、そこに住む生き物…
こういったものすべてによって出来上がる自然の芸術品です。


こんなふうに出来上がる沈香は通常常温のままで香ることはほとんどありません。
香木にしみこんでいる樹液が溶ける、もしくは蒸発していくことで香りは出るものです。
この香りをことのほか好んでやまない戦国武将がいました。
その戦国武将とは・・・・

徳川家康です

室町時代、武士の教養の一つとして花開いた文化がお茶であり、
お花であり、お香でした。今でも日本三大芸道なんていいます。


現在は女性のほうが茶道も華道も習っている方が多いでしょうが、
当時は武士たちの教養なのでした。
ちなみに料理なんかもそうで、大名は自分自身が腕をふるって家臣や客をもてなしたんですよ。
うらやま!ですね。

さて戦国時代に入ると、武士はそれぞれ仕える大名のために命を懸けて戦うようになります。
戦の恩賞は毎度土地や民、というわけにいかないので、
その代替品として芸術品(茶器や絵画)がやりとりされるようになりました。
そのひとつに香木も使われています。

戦国時代を生き天下人となった家康は東南アジア各国と朱印船貿易をし、
最高級の沈香である伽羅を求めまくりました。
ほんとうに求めまくったので、その量なんと27貫!(およそ百㎏!!!)
この量、家康は当時、世界一の香木コレクターでした。


そのほかにも国内から集めた香木や香道具はおよそ2600点にも及んだそうで、
そのいくつかは今でも徳川美術館に保管されていますね。

集めた香木は保管されたわけではなく、使用もされました。
もちろん家康自身も使用しています。

家康はお香を作るのを趣味としていて、自身の手により調香された練香も
いくつか知られています。
その調香の覚書は『香之覚』として書き残されているんですよ。
ですから、現在でも家康ご自慢のレシピは再現できます。

家康の死後も香木は大切に管理されました。
現在はさすがにないようですが、昔は香木が徳川美術館にぽいっと置いてあって(!)、
たいていないのに素晴らしい香りを漂わせていたとか。

そこで置いてあるだけで香りが漂う?どんだけ大きければそうなるんだ…!!
いつか、そんな家康がコレクションした伽羅をたくことはできないかなあ~
など妄想にふける夏の夜なのでした。


今回の記事が、少しでも皆さんのお役に立てたなら幸いです。

投稿者プロフィール

KubotaHiro
KubotaHiro香人
香道を探求する香人。
小学生の時に読んだライトノベルの2ページで興味を持って無理やり入門。
香道ありきで大学に進学し、学芸員に。
香りと古典文学、アートを繋げる活動をしています。
パラレルキャリア専門エール通信

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