5月に入り、中学生になった息子が、制服のジャケットを脱ぎ、
半袖の夏服で登校するようになりました。
季節の変わり目を感じる衣替えですが、
その風習は平安時代に中国から伝わった「更衣(こうい)」に遡ると言われています。
宮中では季節に合わせて衣服の色や素材を変えるだけでなく、
几帳などの調度品も変化させていたそうです。
当時、衣替えは装いだけでなく「香り」にもありました。
(こちらは「ころもがえ」とはいいませんが…)春には、咲き誇る花の香りに負けない、
それでいて調和するような甘い沈香の香りをまとい、季節が移ろい衣替えをする頃には、
白檀のすっきりとした清涼感のある香りに替える、といった風習があったんですよ。
もっとも、このような繊細な衣替えができるのは、
貴族や一部の裕福な人々だけでした(香りに至ってはなおさらです)。
庶民は一年を通して麻の着物を着ているのが一般的。うう、寒そう。
室町時代に綿の栽培が広まると、丈夫な木綿の布が普及し、
人々の衣服の種類も増えていきました。
江戸時代になると、武家の間ではなんと年に4回もの衣替えが行われていた記録が残っています。
少し見てみましょう。
五月五日は衣替えの日。
この日を境に、裏地のある袷(あわせ)から裏のない単衣(ひとえ)へと変わります。
九月九日には再び袷(と小袖)に戻り、十月十日から三月までは綿入れ(裏地に綿を入れたもの)、
そして四月からはまた袷、という具合に3種類の衣服を着回していたのです。
これは、衣服を長持ちさせるための工夫でもあったと言われています。
武家の習慣は庶民にも広まりましたが、多くの衣服を持たない庶民は、
季節ごとに着物に綿を入れたり、裏地を着けたり外したりと、大変な手間をかけていました。
庶民こそ、布地は貴重品でしたから。大事に工夫をして生活をしていました。

さて、香りの衣替えはどうなのかな?というと
平安時代から対して変化はないのですが、「香木」っていう超貴重な香りが出る木があって、
女子教育本なんかでは「いつか招かれたときに失礼のないように」と香席の参加手順や、
組香の楽しみ方が書いてありました。
玉の輿に乗るときは必須知識ですね!(必須がどうかは知りませんけど)
そんな感じで(?)浸透していました。では、浸透度を確認したいと思います。
この頃、香りは大名や裕福な町人たちの間で楽しまれ、
「伽羅(きゃら)の香」は高級で贅沢なものの代名詞でした。
歌舞伎ではお金持ちを表現する小道具として使われたり、「伽羅入りの煙草」という広告も
存在したりしました。
香道は、風流を好む人々にとって大切な趣味の道具であり、
狂歌会や句会といった集まりで楽しまれていたのです。
例えば、大河ドラマにも今後登場するかもしれない
十返舎一九(じっぺんしゃいっきゅう)というペンネーム。
『東海道中膝栗毛』の作者として有名ですね。
この名前、正倉院に収められている名香「蘭奢待(らんじゃたい)」の別名、
「十返しの香」(十回焚いても香りが尽きないと言われる)に由来しているんですよー。
(と、大河ドラマ面白いよね!となったところで今月のコラムは終わり。また次回!!)
投稿者プロフィール

最新の投稿
スキルアップコラム2025年12月5日香りあそび【印象派の香り】
スキルアップコラム2025年11月7日香りあそび【クリムトから谷崎への耽美の旅】
スキルアップコラム2025年10月10日香りあそび【ハロウィンと香り】
スキルアップコラム2025年9月5日香りあそび【「聖なる木」パロサントと、香道】

