「願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ」
この歌を詠んだのは西行です。
その願い通りになくなったことでも知られています。
「如月の望月」は今の暦になおすと2025年3月14日になります。
なんと今日!!ということで本日は西行のお話。
西行は藤原定家と同様に新古今和歌集を代表する歌人であり、旅の魅力を発見し、
桜の美しさを伝えました。また人生は無常である、との自覚を促し、
それを乗り越える術があると示した人物です。
西行は、元は佐藤義清という名の北面の武士でした。
平清盛と同い年です。北面の武士、というのは上皇(院)を警護する武士です。
しかし、23歳で出家しました。
この出家は同時代の人物も日記に書くくらい称賛
(世俗を捨てることに貴族はみんなあこがれていたので)されました。
出家の理由は不明です。
ある日邸に帰ってきたら出家していて、家族みんなびっくり。
当時5歳の娘が父親(西行)に抱きつこうとしたところ、煩悩の対象になる、と
足蹴にしたことが絵巻に書かれています。まあ、伝説です、伝説…。
あと身分違いの恋をしていたのでは?とも言われていますね。
西行の恋の想いを表したうたをひとつご紹介。
「逢うと見しその夜の夢の覚めであれな長き眠りは憂かるべけれど」
あの人と逢った夢は冷めないで欲しい。
長き眠り(生死の闇にあって覚ることができない状態が続いている意味)はつらいだろうけれど。
こんな感受性の強い人は宮中の政治的争いも、天皇と上皇の跡継ぎ争いも、
恋もすべてが理由だったのではないかと思います。
平安時代といえば「あはれ」「おかし」。
優美な情感は時の流れとともにすべてが移り変わる「無常観」に変化し、
無常を乗り越えるものとして「道」が出てきます。
このころから日本の文化の多くは優美さだけではなく、
つよさや厳しさを併せ持つようになるんですね。いわば西行はその先駆者でもありました。
その後の西行は旅と大峰山での修行などを経て歌人として僧として
生涯を過ごしていきます。(これはまたいつか)

平清盛の栄華と没落、源平合戦など、激動の時代を生きた西行は、
世の中の移り変わりや人の命の儚さを痛感していました。
けれど、西行はただ無常を嘆き悲しむのではなく、
その中で美しさや生きる意味を見出そうとしています。
最後に西行と桜の歌をご紹介して終わりたいと思います。
「吉野山梢の花を見し日より心は身にもそはずなりにき」
投稿者プロフィール

最新の投稿
スキルアップコラム2025年12月5日香りあそび【印象派の香り】
スキルアップコラム2025年11月7日香りあそび【クリムトから谷崎への耽美の旅】
スキルアップコラム2025年10月10日香りあそび【ハロウィンと香り】
スキルアップコラム2025年9月5日香りあそび【「聖なる木」パロサントと、香道】

