香りあそび【クリムトから谷崎への耽美の旅】

グスタフ・クリムトの絵画を前にすると、まず目に飛び込んでくるのは金の輝きと、
画面を埋め尽くす装飾の密度でしょう。
『接吻』や『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像』が代表的ですが、
彼の作品は人物の写実と背景の抽象が混在しています。
とはいえ、黄金時代は彼の画業の中でそんなに長くはないのですけども。


こういった装飾性とか平面性とかは、19世紀末ウィーンの象徴主義や
アール・ヌーヴォーの潮流の中で育まれました。
その根には、ジャポニズム…とりわけ琳派の影響が強いといわれています。

クリムトは、尾形光琳の『紅白梅図屏風』や『燕子花図屏風』に強く惹かれたといわれ、
琳派の特徴である平面装飾とヨーロッパの写実的な伝統技法の境界を
自在に行き来する作品を多く制作しました。


クリムトの表現する作品の官能性、装飾性は耽美的といわれていますが、
耽美とはこの場合、美を至上とする考え方のこと。
美を至上とする、といえば私はどうしても春琴を思い起こしてしまいます。
『春琴抄』は日本の作家谷崎潤一郎の代表作のひとつです。


『春琴抄』は、盲目の女性・春琴と、彼女に献身する佐助の関係を通じ芸術や美を描いた作品です。
時代は明治。主人公は大家の娘春琴と、その家の奉公人佐助。

春琴は、盲目ながら琴に優れた才能をもった美女。
お嬢様でわがままな性格だが、そんな春琴に佐助は恐ろしいほど献身的に従います。
内容はなかなか強烈で、終盤の顔に熱湯をかけられた春琴がその顔を佐助に見られたくない、
と願ったために目を針でついて盲目になる佐助という場面が有名です。


谷崎はこう記します。「春琴は盲目である。佐助もまた盲目である。二人は暗黒の中に生きている。
しかもその暗黒は、彼らにとっては光明である。彼らはその中にあって、自由であり、幸福である。」


ほんとに?!いやいや。
と思うけれどこれがなんだか美しいんですよ。
情景の切り取りや、時代の空気感、春琴のしぐさや雲雀の声。
そういったものが美しく、確かに耽美だと感じられます。


クリムトの絵画、琳派の美意識、谷崎の文学、それぞれ異なる表現ですが、
共通する美学を持っています。


それは、感覚の深層に触れるところ、視覚や言語を超えて、身体的な体験としてわかる美。
美とは、見るものではなく、感じるもの。

読書の秋、句読点がない(!)谷崎文学で美を感じてみてはいかがでしょうか。

投稿者プロフィール

KubotaHiro
KubotaHiro香人
香道を探求する香人。
小学生の時に読んだライトノベルの2ページで興味を持って無理やり入門。
香道ありきで大学に進学し、学芸員に。
香りと古典文学、アートを繋げる活動をしています。
パラレルキャリア専門エール通信

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