ワンガリ・マータイ

ビジネス部門 歴史上の人物ライターの植竹希(うえたけのぞみ)です。
今日の歴史上の人物はワンガリ・マータイ。

「ワンガリ・マータイ」(1940年-2011年)

10年前まで存命していたケニア人女性。ノーベル平和賞を受賞した人物です。ノーベル平和賞とは、平和のため広く活動、もしくは軍隊縮小、また最近では人権や民主化に貢献した人物または団体に贈られるものですが、彼女の受賞は環境の分野では史上初、アフリカ人女性でも史上初の出来事でした。マータイが行った環境、人権、貧困を撲滅するための活動、それは2015年に国連で採択された「2030年までの国際目標であるSDGs(持続可能な開発目標)」につながるもの。今だからこそ、その軌跡をたどりましょう。

[エピソード1]

1940年、ケニアの中部で兄弟が多く、裕福ではない家にマータイは生まれます。当時他のアフリカと同様、ケニアも女性が教育を受けられる環境にはありませんでした。しかしながら兄が両親を説得し、マータイは学校に通うことができました。その後、優秀さが認められ、1960年に政府留学生にも選出。米ピッツバーグ大学へ留学し、修士号を取得しました。さらにドイツ留学後、71年にはナイロビ大学で生物分析学の博士号も取得。

こうして学びの中で祖国ケニアを離れることになったマータイは、自国の貧困や環境破壊に非常に心を痛めることになります。そこで1977年には貧困に苦しむ女性たちとともに「グリーンベルト運動」という植林活動を開始するのです。政府からの弾圧により度重なる逮捕と投獄。けれどマータイは怯むことなく活動を続けました。その姿勢に感動した人々の輪が広がっていき、この運動はのべ10万人が参加。5100万本以上の苗木が植えられました。

[エピソード2]

2005年2月、日本において京都議定書関連の行事に出席したマータイは「もったいない」”MOTTAINAI”という言葉を初めて耳にします。「尊敬の念」「感謝の気持ち」の意味も含んだこの言葉。マータイは自分の環境活動とも重ね合わせて「もったいない」を”MOTTAINAI”という世界共通の言葉として広めていくことを強く心に決めるのです。

同年開催の国連婦人地位委員会、アフリカ救済のためのライブイベントにおいて、マータイは”MOTTAINAI”に対する思いを述べ、その際には出席者全員で「もったいない!」と唱和した伝説が今も残っています。
その後マータイは4回来日。日本人に対して「MOTTAINAI精神」を伝えるための講演会を行いました。今もMOTTAINAIキャンペーンとして次世代に引き継がれ続けられています。

[エピソード3]

祖国のケニアでの活動では2002年に国会議員に初当選。翌年2003年には環境・天然資源・野生動物省の副大臣に任命されます。そして2004年、長年に渡る環境、人権、貧困を撲滅するための活動が評価され、環境分野において史上初のノーベル平和賞を受賞しました。この時のノーベル賞受賞は、アフリカの女性としても史上初。それから5年後の2009年、「国連ピース・メッセンジャー(平和大使)」に任命。「環境と平和を守ることの大切さ」を伝える使者として役目を全うしたマータイは、2011年9月25日に71歳で永眠。当時のケニア大統領ムワイ・キバキは生前の功績を称え、同年10月8日にナイロビ市内で国葬を行いました。

未来は、ずっと先にあるわけではありません。未来は、今にあるのです。将来、実現したい何かがあるなら今、その為に行動しなければなりません。

(ワンガリ・マータイ)

投稿者プロフィール

植竹希
植竹希株式会社メディカルデザイン代表取締役/メディア戦略プランナー・ディレクター
メディア戦略プランナー。伝えたいことを伝えたい相手に届けるためのPR・プロモーションのプラン・ライティング
(https://design-m.jp/)
パラレルキャリア専門エール通信

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